もっと早い内に勉強する本質を身に着けたかった、たたりんです。
さて、いきなりですが、
「学校での勉強は社会に出てから意味がない」という発言を耳にしたことはありませんか?
誰が言い始めたかは、分かりませんが、この言葉を耳にしたことがある人は少なくないでしょう。
昔の私はこの発言を真に受けてしまい、大して勉強に力を入れていませんでした。
とか思い込んでしまいました。
これが、
今までの人生の中で上位に位置付けするほどの後悔となっています。
若いうちから勉強をする本質を理解できていれば・・・と後悔することは多いです。
社会人になって仕事をしている内に、
仕事の土台となっているのは、学校で学んでいたこと
であることは少なくないと感じてきました。
学んでいたことに、直接繋がっていない様に見えることでも繋がっていることはあります。
もちろん、分野によっては全く繋がらないこともあります。
ただ、それでももっとちゃんと勉強しておけば・・・っと思うことは少なくありません。
まだ手遅れでない内に、気がつけたのは幸いだと思うようにしています。
手遅れになってからでは、人生を好転させる機会は永遠に無いですからね。
というところで、今回は私の考えている、
勉強することの本質とは?
について紹介します。
あくまでも個人の考えですが、
- 何のために勉強するのか?
といった悩みの解決の手助けになってくれれば幸いです。
あ、あらかじめ言っておきますが、コレに関する正解は無いと思ってください。
知識が増えれば選択肢が増える

勉強することの本質は、
知識を増やすこと
になります。
噛み砕いて言うと、
知っていることを増やす
ということになります。
そして、知っていることが増えれば増えるほど、
選択肢が増えていきます!
つまりは、
勉強することによって、知識を増やし、選択肢を増やしていく
これが、勉強することの本質だと思っています。
と思っている人は少なくないでしょう。
しかし、選択肢が少ないということは、自分の取れる手段が少ないということと同義になります。
例えばですが・・・・・・
老後に備えて、老後資金をどうするか検討していたとしましょう。
お金に不安がある人は、貯金だけで貯めようとするでしょう。
投資の知識を持っていると、インデックス投資も合わせて使っていくでしょう。
より深い知識を持っていれば、固定費の削減から着手していくでしょう。
でも、投資の知識がなく、ネットで聞きかじった知識だけで投資をする人は、ちょっとした下落で相場から退場してしまうでしょう。
年金や退職金が現在と同じ様にもらえると盲信している人は、お金を貯めるという行為をしないでしょう。
ちょっと雑に書いてしまいましたが、知識を持っているだけで取れる選択肢というのは増えていきます。
- 今まで通り、年金や退職金はもらえるのか?
- 老後資金はどの程度あるといいのか?
- 老後資金を準備するのに今から使える手段は貯金以外にあるのか?
など、色んな検討が必要になるでしょう。
検討していく中で、知識があると様々な選択肢を選ぶことが出来ます。
逆に知識がないと、中身スッカスカで増えない貯蓄型保険で老後資金対策は万全だと思い込んでしまうでしょう。
知識を得る事によって増えるものは、選択肢、方法、手段など、色々な言い方はできますね。
こうした選択肢を増やすために知識は必要であります。
その知識を増やすための行為が勉強となります。
まぁ、知識を増やしても行動しなければ何も変わりませんがね・・・。
学校での勉強は2種類の意味がある

(読んでいる人はいないと思っていますが)学生向けに一つ。
序文で『学校での勉強は意味がない』という発言を紹介しましたが、
学校での勉強は2種類ある
と私は考えています。
それは
- 社会生活の基礎となる知識
- やりたいことを実現するための基礎知識
の2つです。
前にツイッターで
という論をかざしていた人がいましたが、
と思って距離を置きましたね。
政治的な考え方は参考になる人でしたが、合わない部分に関しては距離を置くことは大事です。
こうした考えも知識を得て、他人を盲信しないことで得られますね。
あと、学校生活という場は、異性と出会いやすい場であり、付き合ったり別れたりすることも一つの勉強かなと思っています。
ただ、不純異性交遊は禁止にしていたりと、うーむ・・・?と思う校則も少なくないですが。
(不純って何?って思うところですね)
社会生活の基礎
学校で勉強していることの一つが、
社会生活の基礎
となります。
日本人のほぼ全員が、
- 日本語の読み書きができる
- 四則演算ができる
といったことができる理由の背景には、学校での勉強があります。
この他にも、
- 日常生活に必要なこと
- 集団生活の土台
ができたりもします。
コレも学校生活の影響があるでしょう。
全部が全部必要とはいいませんが、色々な部分での生活の土台にはなるでしょう。
日本人が真面目で勤勉、日本が平和な国と称賛されるのは、学校教育での成果ともいえるでしょう。
観光問題でそれも台無しになりつつありますが・・・。
ただし、学校生活に置いては色々な問題もあります。
成績というランク付け、画一の思想に寄せているという側面もないとは言い切れません。
完璧な施設など存在しませんから、足りない分はどこかで補っていく必要はあります。
教師の質の問題(いじめ問題)、学校生活に馴染めなかった人への対応
といったように、個人の問題というべき部分でも問題はあると言わざるを得ない部分もあります。
とはいえ、基礎となる部分には、学校生活で学んだことの影響は小さくないでしょう。
やりたいことの土台
コレは全員に当てはまるとは限らないのですが、
やりたいことの土台
となっていることが、学校での勉強であったということは少なくないでしょう。
やりたいことがあり、それを実現するためには、勉強は出来ていたほうがいいです。
技術を会得するために、職業に該当する学校を出て置かなければ就けない仕事はあります。
やりたいことへの土台が学校での勉強が必要だったと後悔しないようにしたいですね(難しいですけど)
一生勉強し続ける

生きていく上で
勉強するということは一生付き纏ってきます。
社会に出てから感じることは、勉強はしておいたほうがいいということです。
意識していなくても、勉強をしていることは少なくありません。
仕事を始めたばかりの頃は、出来なかったことでも、
今は出来るようになっていること、っというのは少なくありません。
コレも一つの勉強のせいかと言えるでしょう。
資格を取ることは分かりやすい指標かもしれませんね。
仕事に限らず、
- 生活を良くする
- 健康で居続ける
といったことにも、勉強をするというのは効果があるでしょう。
- 今の生活のままでいいや
と思って勉強をしていない人もいるかもしれませんが、
- 今の生活を維持するためには?
という観点から、無意識下で勉強をしていることは少なくないでしょう。
世の中は常に変化しているのですから、ソレに合わせた勉強をしていないと、今の生活は維持できませんからね。
考え方が大切

私は勉強する上で大切なことは、
結果よりも過程
だと考えています。
もちろん、状況によって変わることではありますが。
ただ、結果にしか目を向けない人も少なくないと感じています。
例えばですが、資格取得のために勉強をしていたとします。
- 資格を取得した後に勉強することを辞めてしまう人
- 資格取得はできなかったけど、諦めずに勉強を続けている人
どちらの人のほうが賢くなれるでしょうか?
この例のようなことは考えておいたほうがいいでしょう。
一つの問題に対して、結果だけ教えてもらって満足するのか、
それとも、その結果にたどり着くまでの過程を教えてもらいたいか
ということも考えたほうが良いでしょう。
そうした意味でも、勉強で大切なことは、
考える力を養うこと
かもしれません。
終わりに

以上、勉強することの本質についてでした。
・・・いや、本質になっていない部分が多いなぁw
何を伝えたいのかきちんと考えて抜けていませんでしたね・・・。
個人的に最近よく思うことは、世の中は常に勉強が必要です。
SNSなどを使って、
と言っている人もいますが、勉強をしていない人が
- 高い収入のある仕事
- 社会的に責任のある地位
に着けると思いますか?
私はそうは思いません。
変化する世の中に合わせるために、常に勉強をしていると思います。
情報を発信する人には、何かしらの目的があります。
勉強をしていない人は流されるがままですが、
色んな情報に触れて勉強していると、相手の思惑が透けてきたりすることもあります。
ネットで、オールドメディアが叩かれているのは、まさにこの成果だとも思っています。
勉強って言うとちょっと重く感じるかもしれませんが、
一日一つ、仕事での業界用語を覚えるだけでも勉強になります。
ゲームでも、一つコンボを覚えるだけでも勉強です。
勉強について、色々と考えてみると
色んな問題の根っこにあるのは、
勉強しているかしていないか
であると考えています。
(どこぞのCMでは、勉強できない言い訳に性別や人種を上げているようにも聞こえていますが)
いつもどおり、支離滅裂になってきたので、終わる!
以上、βуё (o’ω’o)ノシ βуё