人生は無駄を楽しむことが大切だと思っている、たたりんです。
世の中無駄と呼ばれることは多いです。
というよりも、極論を言ってしまえば無駄があるからこそ世の中が発展していったのだと思います。
生活をより良く送りたいという思いが技術を発達させ、
世の中を便利にしてきたのでしょう。
それらは無駄があったからこそ、発展していったのだと思います。
無駄というのは、時間の余白でもあります。
時間に余白がなければ、
生活を便利にしていく技術のアイデアを思いつくこともないですし、
それを形にしていくことはできません。
というわけで今回は『無駄』について考えていることについて紹介します。
一般的な意味として使われているものとは異なるかもしれません。
時間の使い方等に迷っている方の参考になれば幸いです。
無駄の意味とは

まず一般的に『無駄』とはどんな意味を持っているのかを確認しておきます。
検索をすると以下の意味で出てきます。
役に立たない(余計な)こと。効果・効用がないこと。
わざわざ書き出さなくても、多くの人は
ですよねー
と思うことでしょう。
私もそう思って書いています(笑)
一般的に使われているので、わざわざ確認する必要はないのかもしれませんが、
念のための確認は大事です。
無駄なことはほとんどない

私は『世の中に無駄なものはほとんどない』と考えています。
というよりも、人によりけりな部分が多いと思っています。
例えば、私はゲームが好きです。
正直、仕事をしないで一日中やっていたいと思うことが多々あります。
しかし、ゲームが好きじゃない人にとっては、
やるだけ時間の無駄じゃん。もっと有意義なことに時間を使いなよ
とか言ってくるでしょう。
(まぁ、こういったことは余計なお世話以外の何者でもないんですけどね)
このように、人の価値観によって、
- 無駄
- 無駄じゃない
といったことは、分かれてきます。
そのため、世の中にある多くのことは、
誰かの役に立っているため、
ほとんどのことは無駄ではないと考えています。
自分にとってを基準にする

無駄か無駄じゃないかの判断をする上で大切になってくるのが、自分にとっての価値観です!
というよりも、これ以外の選定基準はないと思います。
今の世の中は色々なモノで溢れかえっています。
だからこそ、自分が大切にしていきたいものを考える必要があります。
人によっては無駄になるモノがあれば、別の人にとっては大切にしていきたいモノである可能性もあります。
大切にしていきたいのか判断できるのは自分だけです。
自分だけの価値基準を持って、
- 無駄
- 無駄じゃない
といった判断をしていきましょう。
無駄のない生活の想像

一つ思考実験として、無駄のない生活を想像してみましょう。
それはおそらく、スケジュールがびっちり詰め込まれ、何をするにしても決まったことしかできないでしょう。
正直、つまらないことこの上ない生活になると思います。
個人の見解としては、そういったことは機械に任せてしまうのが良いでしょう。
今はまだ無理でも、そのうち大半のことは機械任せになっていくというのが私の予想です。
無駄を省くことは効率化という点では重要になるかもしれませんが、
無駄が一切ないというのも、それはそれで問題なのではないかと思います。
結論

序文でも、殆ど書いてしまっていますが、
私は、無駄というものは、
時間の余白
でもあると考えています。
だからこそ、無駄を楽しむことが人生を潤いをつけるのに大切だと考えています。
人が生きるためだけの人生を送るのでしたら、
- 起きて
- 食べて
- 寝る
ということだけで十分です。
こんな生活が楽しいかと言われると、微妙だと思います。
であるならば、他人からは無駄と言われようが、自分が楽しみたいことに時間を使っていきたいです。
終わりに

以上、『無駄』について考えていることでした。
無駄というよりも価値観についての内容な感じもしています。
とはいえ、無駄とは自分の価値観にとって価値の無いものを指していること
なのかもしれません。
なので、無駄について考えていくと、自分の価値観について考えることに変わっていくのかもしれません。
最近は無駄を省こうという風潮があり、
常に何かをしていないという強迫観念に襲われている人もいるでしょう。
しかし、常に何かをしていないというのは、精神的な余裕を奪うことにもなってしまいます。
余力を失ってしまうことは、本末転倒だと思います。
他人からは無駄な時間と言われようが、かまわないのです。
自分が楽しいみたいことに時間を使っていきたいです。
以上、βуё (o’ω’o)ノシ βуё